七十年前の道具と共に、昔ながらの生きた調味料づくり
創業当時の味わいを残すため、木桶で醤油や味噌を作る麻生醤油。多くの醸造場が扱いやすさを重視した道具に切り替えていくなか、木桶と向き合いながら醸造を続けてきました。
「木桶仕込みの調味料を文化として守っていきたい」と語る3代目の麻生隆一郎さん。流行に惑わされず“原点に立ち返る商品づくり”について、お話しを伺いました。
九重山麓の水を使用し、木桶を使った天然醸造
九重連山の麓で清らかな水に恵まれた九重町右田。田畑沿いをローカル線が走り、昭和の雰囲気が残るのどかな場所です。
麻生醤油はその自然を生かし、生かされながら70年近く醤油・味噌づくりに取り組んできました。木桶を使った醸造は、発酵環境も四季の温度変化にまかせた天然醸造。
多くの手間と時間がかかる分、ほかにはない“ふくよかな香り”が生まれるのだそうです。
木桶には何十年という歳月の中で「蔵付き酵母」「蔵付き菌」と呼ばれる微生物が住み着き、その桶でしか出せない味を生み出します。
「うちの桶の中の乳酸菌や酵母菌が、発酵を促してくれます。でも生き物なので、毎年同じような味にはなかなかならない。そこを味として生かしていくというのは、やはり難しいところではありますね」。
天然醸造の厳しさを語りながらも、どこか楽しそうな麻生社長。簡単ではないものの、昔ながらのやり方を守っていく……そこには、祖父の代から守ってきた木桶と歩む気概を感じます。
減る一方の桶仕込み調味料、そこに麻生醤油らしさを見出して
令和の今、木桶を使って醤油や味噌を作っている醸造場は全国で1%程度と言われています。
桶仕込みの調味料は減る一方、だからこそ麻生醤油の木桶で作る醤油や味噌の価値も高まります。
桶仕込みの商品は木の呼吸とともに育ち、まろやかで深みのある味わいが特徴。その味を求めるお客様は九州だけでなく、全国へ広がっています。
木桶の歴史を間近で、日本文化を感じる工場見学
麻生醤油の工場内に入ると6つの木桶がどっしり構え、桶に刻まれたヤマフネの屋号からは長い歳月を感じることができます。
これらは釘や接着剤を使用せず、杉の板と竹で編んだ箍(たが)でできた100年前に作られたもの。
現在、このような大桶を製造する桶屋は少なく、新桶を作るのも難しくなってきているそうです。「文化として守りたい」という思いだけではままならない、伝統を継承していく難しさにも直面しています。
そんな伝統を多くの方に感じてほしいという思いもあり「平日は従業員がいれば工場見学もできます」と話す麻生社長。「直接、醤油や味噌を買いに来る方や、観光がてらホームページを見て……という方も多くなりました」。
見学したいという方は日本だけでなく、海外にも及びます。ホームページを指差して「この商品が欲しい」とアピールする外国人も多く、海外での醤油の広がりを益々感じているのだと言います。
道具は自然で違和感のないものを、昔のやり方を大切に
現在、6つの醤油桶と3つの味噌桶がある麻生醤油。味噌を熟成している木桶には30㎝ほどの石が十数個積み上げられています。
江戸時代から昭和初期にかけては当たり前の光景だった自然の石を使った重石。空の木桶に味噌を移す“天地返し”の時も、石を動かすのは大変な作業だそうです。
古格を保つには手間がかかりますが、それでも麻生醤油は、プラスチックや鉄製の道具をできるだけ使わない商品づくりに取り組んでいます。
スコップも大豆を傷つけないよう先を丸く削った琺瑯を使用。昔ながらの道具を自分たちで修理し、長く使うことを大切にしているそうです。
原料も九州内のものを厳選、身近なものを使いたい
醸造に必要なすべての素材は、九州各地を探し厳選しています。
「お客様にうちの商品を手に取ってもらう時に “どういう作り方をしているのか” “どういう原料を使っているのか”は重要だと思っています。九州でも質の良い大豆や大麦、小麦はたくさん採れますので、私たちも目に見える中で調達したい。できるだけ九州の原料を使いたいという気持ちが大きいです」
原料や作り方以外にも「どういう人が作っているかも伝えていきたい」と話す麻生社長。
麻生醤油のスタッフは全員が地元、大分県玖珠郡在住。ほとんどが女性ということですが、それが美味しい調味料づくりの要となっているそうです。
「食卓に一番近い主婦目線は商品づくりに欠かせません。味はもちろん、パッケージデザインまで、スタッフに聞きながら進めています」。
みな味噌醤油づくりへの誇りを持ち、食への熱意がある人ばかり。麻生醤油の商品には“先人たちが残した知恵” “歴代のスタッフの美味しさを追求した思い”が詰まっています。
手作業だからこその味、心に届くおいしさを食卓へ
「口にした人が幸せな気持ちになれて、家族で食卓を囲む時間が一番安らげる時間になる……そんな食品を届けたい」と話す麻生社長。
手作業でやっているため、大量生産はできない麻生醤油の商品ですが、昔ながらのやり方で丁寧に仕込まれた味噌醤油は“体が喜ぶ生命の息吹”となり、心まで満たしてくれます。
昔から受け継がれている木桶、厳選した原料に大切に使い続けてきた道具、それらを使って最後に仕上げる人の手。
決して一朝一夕では生まれない、長い歴史の中のストーリーが麻生醤油にしか出せない “幸せの味”を作っているのは確かです。